「変人」は褒め言葉!?誰でも参加できるユニークな「京大変人講座」に迫る!
西に自然豊かな鴨川が流れ、東には銀閣寺などの観光名所が点在する、京都市左京区の京都大学。東大と並ぶ「日本の頭脳」であると共に、その自由な学風に惹かれて一風変わった研究者や個性的な学生が全国から集まってくることでも知られています。その京都大学で、「京大変人講座」という、なんともキャッチーなタイトルの公開講座が行なわれているのをご存じですか?いったいどんな講義が行なわれているのでしょうか?今回は、「京大変人講座」についてご紹介していきます!
思わず「え?それ何」と身を乗り出したくなる講座が目白押し!
「京大変人講座」とは、いったいどんな講座なのでしょうか。まずは、公式HPをチェックして、これまで開かれた講座のタイトルをちょっとのぞき見してみると…
<第1回>
変人がいなければ、世の中は進歩しない。変人はイノベーションの素。変人の意義を京大が熱く語る!
【講師】神川龍馬先生(総合人間学部助教/生物学)
<第2回>
みんな、心の底で思ってた。でも、誰も言えなかった「安全・安心が人類を滅ぼす」
【講師】那須耕介先生(人間・環境学研究科准教授/法哲学)
<第3回>
我々は酸素という毒の中で生きている…「地球史46億年の無計画」
【講師】小木曽哲先生(人間・環境学研究科教授/地球科学)
<第4回>
変人にも神はついている!「カオスの闇の八百万の神―無計画という最適解―」
【講師】酒井敏先生(人間・環境学研究科教授/流体力学)
<第5回>
素数ものさしのプロデューサーが語る不便益という発想「恋愛も不便じゃなけりゃ萌えない」
【講師】川上浩司先生(デザイン学ユニット教授)
<第6回>
なぜ鮨屋のおやじは怒っているのか?「サービスとは闘いである」
【講師】山内裕先生(経営管理大学准教授)
と、なんとも気になる講座ばかり。
「安全・安心が人類を滅ぼすってどういうこと?」
「酸素って『毒』なの?」
「そういえば鮨屋の親父は怒っているイメージあるけど、あれって狙ってしてるの?」
など、いろんな疑問が浮かんできます。公開講座のため、学生はもちろん、一般の受講もOK。他の公開講座ではあまり見られない若い世代の受講生も多いのが特徴だそう。今年4月には、これまでの講義内容をまとめた『京大変人講座』(三笠書房)が発刊され、話題となっています。
講座を企画した京大大学院教授の酒井敏先生に、「変人」についてもう少しお話を伺いました。
イノベーションは「無から有を生む」ものではないんです。
――先生、今日はよろしくお願いいたします。京都大学は「めちゃくちゃ賢い人が行く大学」と同時に、「変わった先生や学生が多くいる」というイメージを薄々は感じていたのですが、まさか当の京大の先生から「変人」という言葉を聞くとは思いませんでした。先生は、「変人」という言葉と共に「京大的アホ」というさらに刺激的な言葉も著書『京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略』(集英社新書)の中で使われています。
酒井:私が京大の理学部に入学した時、当時の京大の先生からよく「アホなことせい」と言われていました。今から40年以上も前のことです。私も「しっかりと勉強して、世の中の役に立つ人間にならなくては」とまでは思っていませんでしたが、建前としては、マジメに勉強するのが大学生のあるべき道だと考えていました。それだけに入学早々「アホなことせい」と言われた時は、正直面食らいましたね。最初は意味がわからず戸惑うしかありませんでした(笑)。でも、「アホ」というのは、「賢い」の反対語ではなく、「常識」や「マジメ」から反対にあるものということに気づいて、「アホ」に含まれる深い意味を実感するようになったんです。
――先生のなかで「アホになる」という言葉は、どういう意味で捉えていますか?
酒井:「アホになる」というのは、「先入観にとらわれず新しいことに挑戦すること」。他人からすると「なんだかよくわからないことに夢中になっている人」ですよね。たとえば、携帯電話についているカメラ。「アホ」な技術者が面白いと思って作ったのでしょうが、発売した時は「なぜ携帯電話にカメラをつける必要があるのか?」と多くの人が首をかしげていました。けれども、「アホ」な女子高生が「写メ」というブームを生み出し、徐々に携帯で撮影する人が増えてきて、スマートフォンの登場で一気に当たり前になった。そしてQRコードが誕生すると、世界の決済システムまで変えようとしている。こんなこと、携帯にカメラをつけた技術者が考えていたはずがありませんよ(笑)。でも、それまで全く繋がりのなかったたくさんの「アホ」が繋がりを生んだとき、大きなイノベーションに変わったんだと私は考えています。
――なるほど。では、どうして「アホになる」ということが、京大では必要なのでしょうか?
酒井:先ほどの携帯カメラの例でもわかる通り、「アホになる」こととイノベーション生み出すことには大きな関係があります。イノベーションと聞くと「無から有を生み出す」とイメージされる方も多いですが、決してそんなことがないというのは先ほどのカメラつき携帯電話でおわかりだと思います。同時に、「マジメに何かに取り組めばイノベーションに繋がる」ということもないんです。
――それはどういうことでしょうか?
酒井:図で説明するとわかりやすいのですが、この青い点を500粒の雨粒だと思ってください。最初はばらばらの雨粒ですが、500粒ずつ加えていくことで、徐々に繋がっていくことがわかります。
――はい。確かに繋がっていきますね。
酒井:徐々に繋がっていくように見えますよね。次に、図1の左下に赤い大きな●を用意して、この●に繋がったもの点を赤にしていきます。
これを相転移(1つの相から他の相へと移る現象)と言います。水から氷への変化をイメージするとわかりやすいかもしれません。
――徐々に増えて赤になるのかと思ったら、ある段階で一気に繋がりが増えたんですね!
酒井:この図に人間的な意味づけをすると、次のようになります。
今まで役に立たない、アホなことをしていた人たちが繋がりを生み一気に役に立つものへと「相転移」する。これを「イノベーション」だと、私は考えています。イノベーションとは、「アホの相転移」です。
この考えの重要な所は、全く異なる場所に青い点を打ったとしても、結果はほとんど変わらないこと。「相転移のきっかけになったのは、前回はたまたまAだったけど、今回はBだった。」ということに過ぎないんです。大事なのは、青い点=「アホ」の繋がりが濃くなること。「何を目指しているのかがわからないけど、とにかく楽しそうに研究している」。そんな「アホ」がいっぱいいることが重要なんです。
日本の高度経済成長期には、HONDAの創設者である本田宗一郎をはじめ、自分が好きなことを夢中になって取り組む「アホ」が日本中にたくさんいました。イノベーションを生み出すためには、たくさんの「アホ」がいないといけません。京大は、この「アホ」をたくさん生み出すための場所だと考えています。
効率化では「アホ」は生まれない。
――なるほど。「アホ」をたくさん育てる場所が京都大学だったんですね。
酒井:しかし、最近は国や産業界の意向もあり、大学の研究費や研究環境などのリソースを、すぐ役に立ちそうな研究へと集中して配分しています。確かに「選択と集中」は効率的な考え方かもしれません。短期間での成果は期待できます。しかしそれも長くは続きません。将来的にイノベーションに繋がるかもしれない研究も大事なんです。だからこそ、今何の役に立つわからない研究に没頭する「アホ」をたくさん生み出す必要があるんです。
もちろん、マジメな人がいないと社会は成り立ちません。でも全員がマジメだとイノベーションは生まれない。これを私は「変人ナマコ理論」と名付けています。
――「ナマコ」と言うと、あの海にいる「ナマコ」ですか?
酒井:そうです。あの「ナマコ」。ある村に10人の農家がいたとします。自分たちは、10人分のお米を作っていましたがイノベーションを起こし、作業を効率的に進めることに成功しました。5人いれば10人分のお米を作れるようになったんです。10人いれば20人分のお米を作れるようになりますよね。
――そうですよね。
酒井:でも、それでは市場は飽和してしまう。それを避けるには、余った5人は海にでも行って、ナマコを採ってくればいいんです。もしかしたらナマコが食べられることを発見するまでに、何人か死んだかもしれません。でもナマコが「食べられる」ことを発見した人は、新しいイノベーションを起こしたことになるわけです。
――確かに!
酒井:ナマコを採ってきて高い金で売れば経済は自然と回ります。世の中が発展するためには、ナマコを採ってくるような「変人」も必要なんです。ナマコが食べられるようになるまで死人が出たように、新しいことに挑戦するにはリスクが求められます。「変人」とは、「ナマコが食べられるかもしれない」という好奇心をモチベーションに、「死ぬかもしれない」というギリギリの所を進んでいくようなものだと思います。もちろん、全員ナマコ漁師になっちゃうと今度はお米を作る人がいなくなります。それでは困りますよね。だからお米を作る人も大切な存在です。どちらも必要なんです。
京都という「別解」が求められているのではないか。
――「京都変人講座」では、ナビゲーターとしてタレントの越前屋俵太さんが務められています。1990年代、コアなファンに人気を集めたTV番組『モーレツ科学教室』では、「ポンチくん」として「とんち博士」こと平智之さんと一緒に、京都の街で体を張って科学の面白さを伝えてきました。
酒井:越前屋俵太さんとは、「不便益」の川上浩司先生(「京都変人講座」では、第5回の講義を担当)を通じて知り合いました。ある懇親会で「京都変人講座」の企画を伝えたところ、話に乗ってくださって。『モーレツ!科学教室』も好きでよく見ていたのですが、芸人が単に演技をしているのではなく、伝えるポイントなどをしっかり理解して表現されていると感じていました。第1回の放送は、京大の中に入れないものだから正門前にホワイトボードを持ってきて授業をされてましたね。私たち大学にいる者からすれば、どんだけわかりやすくお話しをしても、聞く人からすればどうしても水戸黄門の印籠のように捉えられてしまうきらいがあります。そこで越前屋俵太さんには、私たちの話をかみ砕いていただき、ツッコむところはきちんとツッコんでいただく役割を果たしてもらっています。
――私自身も子供の頃、『モーレツ!科学教室』の大ファンでした。私自身は「科学」というものがどうしても苦手で克服はできなかったのですが、あの番組を通じて「既成概念をぶち破る姿勢」や「面白がる態度」というものの片鱗に触れたような気がします。と同時に、あんな面白いことを京都の街でするということにも驚きました。先生にとって、京都という街はどのような位置づけをされていますか?
酒井:京都の人々は、ちょうど良い距離感で京都大学とお付き合いしているなぁという印象ですね。私たちをエイリアンのように捉えるわけではなく、かといってグイグイ大学に踏み込んで関わろうというわけでもない。その姿勢は、東京や他の街にはないような気がします。
――なるほど。
酒井:「コンプライアンス」や「効率化」一辺倒で、みんな同じ方向を向かなければいけない。そんな状況に、みんなどこかで息苦しさを感じているように思います。先日、テレビで1日100食限定の料理を提供している『佰食屋(ひゃくしょくや)』を紹介する番組を目にしました。素晴らしいアイデアであると同時に、「人は人、私は私」という京都らしさも感じました。京都には、何百年と続く老舗もたくさんありますが、決して規模を大きくしようとしていません。みんながみんな同じ価値観を持っていては、商売は成り立たない。これって、「ナマコ理論」ですよね。色々なやり方がある。もちろん規模を大きくすることを求める企業があってもいいし、「100食分提供すれば今日の営業は終了」というお店があってもいい。京都の街は、他の街にはないような「別解」を今後も生み出すのではないかと感じています。
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イノベーションを生むために欠かせない「変人」「アホ」(失礼!)が、いったいどんなことを考えているのかを知るきっかけになる「京大変人講座」。興味を持たれた方は、公式HPをチェックして次回の開催を心待ちにしてください。もちろん、これまでの講座の内容は、今出版されている『京大変人講座』(三笠書房)でチェックすることも可能。より理論的に「変人」「アホ」に迫りたい方には、酒井敏先生の本『京大的アホがなぜ必要か』(集英社新書)がおすすめです!
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京大変人講座公式HP
<参考文献>
『京大変人講座 常識を飛び越えると、何かが見えてくる』(三笠書房)
酒井敏/小木曽哲/山内裕/那須耕介/川上浩司/神川龍馬
『京大的アホがなぜ必要か』(集英社)
酒井敏